江戸前(浦安・行徳エリアガイド)
江戸前HOMEへ 江戸前とはへ 江戸前おすすめスポットへ 江戸前おすすめコースへ
粋を感じにぶらり立ち寄り

HOME > 江戸前とは



江戸前とは
浦安や行徳は江戸前なの?って思った方がほとんどだと思いますが、浦安と行徳を江戸前と定義するには、いくつかの根拠があります。

辞書で「江戸前」と調べてみると、
1.《江戸の前の海の意》江戸の近海。特に、芝・品川付近の海をさす。
2.江戸湾(東京湾)でとれる新鮮な魚類。銚子・九十九里浜産と区別していった。
3.人の性質や食物の風味などが江戸の流儀であること。江戸風。江戸好み。(大辞泉 小学館より)

と書いてあり、この他にも色々な説がありますが、“江戸前の海(東京湾)で捕れる新鮮な魚介類を指す”というのが一般的な解釈のようです。浦安・行徳の海岸沿いも江戸前に当てはまるだろう。また、「3.人の性質や食物の風味などが江戸の流儀であること。江戸風。江戸好み。」からは浦安と行徳にも江戸の流儀や江戸好みがあるだろう。


あるかもしれません。なぜなら、浦安と行徳は、古くは食の基地として、多くの魚介類などの食材を江戸へ供給していた歴史があるからです。天正18年(1590年)には、葛西・浦安・行徳地域は徳川家の天領(家康の直轄地)となり、当時は軍事物資だった「塩」を供給していました。家康の、塩は米と同様に戦(いくさ)をするうえの重要な食料で、領地内で塩を生産するという考えから、鎌倉時代から塩を作っていた葛西・浦安・行徳地域に目をつけ天領とし、塩を増産させ、作った塩を江戸城に最短距離で運ぶ運河まで作ることを命じたのです。(この運河は行徳川とも呼ばれていたそうです。)
というように浦安と行徳は、江戸と重要な関わりをもっていたのです。江戸の文化が浦安と行徳に流れて伝わってもおかしくありませんか?


ちょっと勝手な根拠かもしれませんが、江戸と古く関わった土地柄である浦安と行徳、これら地域で捕れた魚介類をはじめとした食素材、今に伝わる江戸の流儀や江戸風、更には「伝統」「粋」というキーワードを追加して、江戸前ホームページ独自の定義とさせていただきます。学術的には色々とあると思いますが、肩の力を抜いて、浦安と行徳ならではの江戸前を楽しんではどうでしょう。


江戸前サイト編集局



江戸前の由来

「江戸前のうなぎ入ったよ!」「江戸前のキスはどうだい!」「アナゴは何たって江戸前じゃなきゃ!」今もって粋な響きをもつ「江戸前」ですが、さてこの江戸前の由来となると定かではありません。「江戸前」の言葉が浮上してくるのは、宝暦から天明、江戸時代の後半にさしかかったころだそうで、新興都市だった江戸が、千都の歴史を誇る上方の文化からの影響を抜け出し、独自の江戸文化を確立しようと試み、寄せ集め集団だった江戸住民が江戸を我が“ふるさと”と誇るようになった時代のキーワードが「江戸前」だったようです。そして「江戸前」は「江戸城の前」という意味で、もともとは羽田沖から江戸川河口周辺までの沿岸部を指していたともいわれています。

江戸前なものへ



ページの先頭へ
Copyright (c) 2005 EDOMAE. All rights reserved.